演奏中だけうまく動かない―音楽家に多い“ジストニア”とは?原因・症状・対処法を徹底解説

※記事の内容を動画で視聴したい方は、YouTubeをご覧ください。

 

最近、演奏中に「思うように指が動かない」「口元を意識しないとうまく音が出ない」などの違和感を覚えていませんか。

 

最初は「調子が悪いだけ」「少しブランクがあるのかも」と思ってやり過ごしていたのに、同じ箇所で何度も止まる。

 

次第に「自分の体が思うようにコントロールできない」という恐怖に変わっていく経験を持つ音楽家は少なくありません。

 

こうした状態は、単なる気持ちや練習不足の問題ではなく、音楽家ジストニア(フォーカルジストニア)と呼ばれる脳と神経の誤作動が関係していることがあります。

 

この症状はプロ・アマを問わず発症し、時には音楽家としてのキャリアを左右する深刻な問題です。

 

今絶望を感じている方も諦めないでください。実際には改善例もあり、有名な演奏家もこの症状を乗り越えて再び舞台に立っている方もいらっしゃいます。

 

この記事では、音楽家に多いジストニアの特徴や原因、治療法、さらに予防の工夫までをお伝えし、あなたが再び希望を持てるようサポートしていきます。

音楽家のジストニアとは? ― 症状と特徴

 

フォーカルジストニアとは

ジストニアとは、脳が筋肉に誤った指令を送ってしまう神経疾患です。

 

その中でも音楽家に多いのが「フォーカルジストニア(局所性ジストニア)」と呼ばれるタイプの症状です。

 

次のような特徴があります。

 

局所性:症状が体の一部(手・口・首など)に限局して現れることです。

 

動作特異性:演奏や書字、タイピングなど、特定の動作をするときだけ症状が出ることです。

 

フォーカルジストニア 初期症状の例

 

ピアノの場合は、指が硬直して突っ張ったり、隣の指が意図せず一緒に動いてしまうのが典型的です。

 

特に速いパッセージや繊細なフレーズを弾こうとするときに力みが強まり、滑らかさを失ってしまいます。

 

ギターでは、弦を正確に押さえられず空振りしたり、隣の弦を弾いてしまうといった症状が見られます。

 

テンポを上げようとするほど指の強張りが増し、リズムが乱れやすくなるのも特徴です。

 

管楽器奏者は、アンブシュアが崩れて息が漏れる、口の形を長く保てずに疲れが出る、思ったように音が安定しない、なぜか息が続かない――といった症状を訴えることが多くあります。

 

このように、楽器によって現れ方は異なるものの、共通しているのは「日常生活では問題ないのに、演奏時だけ動きがコントロールできなくなる」という点です。

 

初めは「指が少し疲れているだけ」「口周りが弱いだけ」といった感覚に思えるかもしれません。

 

ところが、症状が進むにつれて意図しない動きが繰り返されるようになり、次第に演奏全体に大きな影響を及ぼすようになります。

 

なぜ音楽家に起こるのか? ― 脳と心の誤作動

音楽家ジストニアは、決して「練習不足」や「気持ちの弱さ」が原因ではありません。

 

むしろ、真面目に練習を積み重ねてきた人ほど発症しやすい傾向があります。

 

脳の過学習

脳の過学習は、コンピュータのキャッシュに似ています。

繰り返しの練習は、脳にとって「ショートカットキー」をつくるようなもので、最初は動作が速くなり、スムーズに演奏できるようになります。

 

ところが、色々学んだり、繰り返し使うことで不要な情報までキャッシュされていくと容量が圧迫され、誤作動が起こります。

 

さらにやっかいなのは、「そのショートカットキーの元のコードはこれで正しかったっけ?」と脳が混乱してしまうことがあります。

 

演奏も同じで本当は正しい運動パターンのはずなのに、「なんか違う気がする」「これでよかったっけ?」と疑問を抱きながら繰り返すほど、誤った回路が強化されてしまいます。

 

これは、鉛筆で同じ漢字を何十回も書いたときに「この字、こんな形だったっけ?」と急にわからなくなる現象にもよく似ています。

 

頭の中には正しいイメージがあるのに、繰り返すほど形が崩れて混乱してしまう――。

 

音楽家ジストニアの「誤学習」とは、まさにこうした状態です。

 

本来の正しい動きがあるにもかかわらず、脳が誤ったプログラムを上書きし、体は意図しない動きを選んでしまうのです。

 

思い込みや恐怖心

「また同じところで止まってしまうかもしれない」

「失敗したら恥ずかしい」

「結果を残さなければならない」

こうした思い込みが脳を緊張させ、筋肉に余計な信号を送る悪循環をつくります。

 

身体的要因

長時間の練習で片側に偏った姿勢を続ける、体のどこかに常に力が入っている、といった習慣が緊張する神経が優位になり、発症リスクを高めます。

 

プロ音楽家も経験したフォーカルジストニア ― それでも演奏を取り戻した人たち

 

ジストニアは珍しい症状に思えますが、実際には世界的な音楽家の中にも経験した人がいます。

 

ここでは代表的な3名の音楽家をご紹介します。

彼らの歩みは「絶望の中にも回復の道がある」ことを教えてくれると思います。

レオン・フライシャー(Leon Fleisher)

(画像の引用元:Wikipedia(Leon Fleisher)

戦後アメリカを代表するピアニスト。30代半ばで右手にフォーカルジストニアを発症し、演奏活動を断念しました。

 

その後は左手だけのレパートリーに転向し、指導や指揮活動を続けます。

 

1990年代、ボツリヌス毒素注射の実験的使用で右手が部分的に回復し、ついに両手での演奏を再開しました。

 

情報元:The New Yorker 「The Yips」Wikipedia(Leon Fleisher)

 

マイケル・ハウストウン(Michael Houstoun)

(画像の引用元:Wikipedia(Michael Houstoun)

ニュージーランドの名ピアニスト。フォーカルジストニアにより演奏困難となりましたが、治療を諦めませんでした。

 

彼は 鍼治療・装具の活用・感覚再訓練・リラクゼーション法 を組み合わせ、自ら症状を改善しました。

 

時間をかけて演奏感覚を再構築し、再びコンサートの舞台に立つことに成功しました。

 

情報元:Wikipedia(Michael Houstoun)、本人公式サイト「Focal Dystonia – My Story」

 

アンナ・デターリ(Anna Détári)

(画像の引用元:「My Story」

ンガリー出身のフルート奏者です。演奏中にアンブシュア(口元)にジストニアを発症し、音が出せないほど深刻な状態に陥りました。

 

それでも演奏を諦めず、ヨガ・ヴィジュアライゼーション(イメージトレーニング)・セルフメンテナンスを継続。

 

約4年かけて完全に回復し、2014年には再びソロリサイタルに復帰しました。

 

情報元:本人ページ「My Story」The Guardian 「Focal dystonia: my hand spasmed and shook」

 

それぞれ方法は異なりますが、共通しているのは 「諦めずに工夫し続けたこと」 です。

 

音楽家ジストニアの治療 ― 最新の選択肢

プロの音楽家でさえ悩まされるフォーカルジストニアですが、諦める必要はないので頑張って進み続けましょう。

 

これまでにご紹介したフライシャー氏やデターリ氏のように、再び舞台に戻った事例があるのも事実です。

 

私たちも実際に施術を通じて、回復されてきた方々を見てきています。

 

ジストニアは一朝一夕で治るものではありませんが、近年は改善のためのアプローチが多様化してきています。ここでは代表的な治療法をご紹介します。

 

運動療法(リハビリ・再学習)

ジストニア治療の中心となるのは「脳に正しい運動パターンを再学習させる」ことです。

 

・動きを細かく分解して、ゆっくり正しくやり直す

 

・演奏を完全に休むのではなく、**「演奏の仕方を学び直す」**ことを目指す

 

・鏡や動画を使って、自分の体の動きを客観的に確認する

 

こうした訓練によって、誤って固定化された神経回路を書き換える試みが続けられています。

 

薬物療法

薬による治療は、症状の軽減を目的とします。

 

・筋肉の過緊張を和らげる薬

・神経伝達に作用する薬

・ボツリヌス毒素注射(ボトックス)による筋肉の緊張抑制

 

特にボトックスはフライシャー氏の回復にも使われており、一部のケースでは演奏の大きな助けとなります。

 

外科的治療

重症例や薬物療法で効果が乏しい場合、外科的治療が検討されることもあります。

 

・視床手術

・集束超音波(FUS)

・深部脳刺激療法(DBS)

 

これらは通常、日常生活や演奏に大きな支障がある場合に限って行われる選択肢です。

 

大切なのは「自分に合った方法を見つけること」です。

 

完全に元の状態に戻るのが難しいケースもありますが、改善して再び演奏を楽しめるようになった事例は少なくありません。

諦める必要はなく、回復への道は複数あるということを知っていただきたいのです。

 

音楽家ジストニアと向き合うためのセルフケア

ジストニアは治療を受けるだけでなく、日常の中でできる小さな工夫が改善や安定につながります。

 

演奏家自身が「自分の体と向き合う」ことで、脳と体の誤作動を整えていくことが可能です。

 

基本の工夫 ― 身体を整える

練習時間を細かく区切る:長時間の反復練習は避け、短いセッションと休憩を繰り返す

 

姿勢を見直す:演奏中の椅子の高さ、自分のポジションが負担になるような角度になっていないか

 

演奏前後のセルフケア:ストレッチやマッサージで緊張を取り除く

 

日常の姿勢や練習習慣を整えることは、ジストニア改善の土台になります。

 

そこに加えて、脳の中で「正しい動きを再学習」するために役立つのが、次にご紹介するヴィジュアライゼーションです。

 

ヴィジュアライゼーション(イメージトレーニング)

ジストニアの改善に役立つセルフケアのひとつが「ヴィジュアライゼーション」です。

 

これは、実際に体を動かさずに 頭の中で演奏をイメージする方法です。

 

脳は「実際に体を動かしたとき」と「リアルにイメージしたとき」の区別がつきにくいことが知られており、想像の中で演奏するだけでも運動神経回路が刺激されることが研究で分かっています。

 

ヴィジュアライゼーションは、楽器を持たなくても「脳に正しい演奏パターンを再学習させる」ための方法です。

 

以下のチェックリストを順番に試しながら、自分の練習に取り入れてみてください。

 

✅ ヴィジュアライゼーション実践チェックリスト

準備

⬜︎ 静かな場所に座り、軽く目を閉じる

⬜︎ 深呼吸をしてリラックスする

 

楽器をイメージ

⬜︎ 鍵盤や弦、マウスピースの感触を頭の中に思い描く

⬜︎ 指先や口元の感覚をできるだけリアルに再現する

 

動きのシミュレーション

⬜︎ 苦手なフレーズを、力まずスムーズに演奏している自分を想像する

⬜︎ 指や手首の流れるような動き、安定した音の響きを思い描く

 

成功体験を繰り返す

⬜︎ 理想的に弾けている映像を「頭の中で再生」し続ける

⬜︎ ポジティブに成功の感覚だけを強化する

 

終了時の確認

⬜︎ 「スムーズにできた」という感覚を味わって終える

⬜︎ 実際に楽器を手にしたときに、同じ感覚を思い出せるよう意識する

 

ポイント

1回5〜10分、短時間でも毎日継続することが大切です。

 

「楽器を持たない状態」で正しい動きを頭に刷り込むことで、誤作動していた神経回路が修正されやすくなります。

 

イメージトレーニングで「理想の動きを頭に刻む」ことは有効ですが、一方で大切なのは「余計な力みに気づく」ことです。

そのために活用できるのが、次に紹介するボディスキャン(身体観察法)です。

 

ボディスキャン(身体観察法)

ジストニアの改善や予防のためには、無意識の緊張に気づくことがとても大切です。

 

そこでおすすめなのが「ボディスキャン」です。

 

これは、横になったり椅子に座ったまま、体の部位に順番に意識を向けるだけのシンプルな方法です。

 

海外の研究でも、音楽家がボディスキャンを含むマインドフルネスを継続することで、演奏不安(MPA)の軽減や集中力・自己制御感覚の向上につながることが報告されています(情報元:Paese & Schiavio, 2025)

 

🧘 ボディスキャンのやり方(1回5〜10分)

 

姿勢を整える
椅子に座るか、ベッドや床に横になってリラックスします。
目を閉じて、自然な呼吸に意識を向けましょう。

 

足先から意識を向ける
足の指先に注意を向け、「力が入っていないか」「冷たいか温かいか」を感じます。

 

全身を順番にスキャンする
足 → ふくらはぎ → 太もも → お腹 → 背中 → 肩 → 腕 → 手 → 首 → 顔
各部位を10〜20秒かけて丁寧に観察していきます。

 

気づいたら手放す
「肩が固いな」「手に力が入っている」と気づいたら、息を吐きながらスーッと力を抜きます。

 

最後に全身を感じる
頭から足先まで体全体を意識し、「全体がゆるんでいる」とイメージして終了です。

 

🎼 演奏家へのメリット

・無意識に入っていた力みに気づける

・舞台前の緊張を和らげる

・ジストニアの悪循環(恐怖 → 緊張 → 誤作動)を断ち切るサポートになる

 

✨ ポイント

「気づくこと」が目的で、気づけば自然とゆるみが生まれやすくなります。

 

毎日5分からでも続けることで、次第に体と心の変化を実感できると思うので試しみてほしいです。

 

このように、脳に正しいプログラムを刻む方法(ヴィジュアライゼーション)と、体の緊張に気づいて緩める方法(ボディスキャン)を組み合わせることで、セルフケアはより効果的になります。

 

まとめ

音楽家ジストニアは、誰にでも起こり得る神経の誤作動です。

ピアノ、ギター、管楽器……楽器によって症状の現れ方は違いますが、共通しているのは「日常生活では問題ないのに、演奏時だけ思うように動かなくなる」という苦しさです。

 

ここまでの記事でお伝えしたように、原因は単なる練習不足や気持ちの弱さではありません。

 

むしろ、音楽に真剣に向き合い、何度も挑戦を重ねてきた人だからこそ、脳と体が過敏になり、誤作動を起こしてしまうのです。

 

 

あなたが今、指や口元の違和感に悩んでいるのは「音楽に本気で取り組んできた証」だと。

 

過去と同じ失敗を繰り返したくない。もっと良い演奏を届けたい。

 

 

そういう想いが強いからこそ、肉体やメンタルに力みが生まれ、ジストニアという形で現れてしまうのではないでしょうか。

 

そして、そのとき人はどうしてもネガティブに傾きます。

「もう弾けないかもしれない」「自分には無理なのでは」――そんな不安や絶望が、さらに症状を強めてしまう。

それが、この症状のいちばんの残酷さかもしれません。

 

でも、どうか自分を責めないでください。

ジストニアは決して簡単な症状ではありませんが、実際に改善例も多くあります。

ヴィジュアライゼーションやボディスキャンといったセルフケア、演奏の仕方を学び直す再学習法、薬や治療のサポート――選択肢は必ずあります。

 

そして何より、あなたと同じように苦しみながらも再び舞台に戻った音楽家が世界中にいます。

私たちも実際に見てきています。

当院にお越しいただいたフォーカルジストニアの方の声が気になる方は、「治った!?フォーカルジストニアにお悩みの方の動画が多数」も併せてお読みください。

 

ジストニアは「終わり」ではなく、「新しい挑戦の始まり」だと私は信じています。

 

不安の中にいるあなたに伝えたいのは、ただひとつです。

 

「諦めずに向き合えば、必ず“変化のきっかけ”をつかめる瞬間がある」ということです。

 

音楽を続けたいと願う限り、道は必ず開けます。

どうか、その可能性を信じて一歩を踏み出してください。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

タイトルとURLをコピーしました